人見知りだと思うことをやめた

つい先日

セミナーで知り合った方のお誘いで「お花見BBQ」に参加してきました。

都内のとある公園で、「お花見」という名目でしたが 桜のシーズンは超過していて既に葉桜でした笑

参加者は30~40名程でほぼ初対面の方でしたが、何人かの方々と楽しく雑談できたのはリア充に向けての収穫でした。

 

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これまで セミナー後の交流会や、知らない人が参加する飲み会の機会であったりが

大の苦手で避けて通ってきたのですが

普通の生活をしている限りは普通の出来事しか起こらないわけであって。

 

誘われたら行く

LINE来たらソッコー返す

みたいな暮らしにシフトするにつれて

じわじわと交友関係であったり、コミュニケーション力が上昇してきたのは嬉しい限りです。

他の誰かと比較するのではなく

過去の自分より1mmでも前に進めることができたらOKなのです!

 

 

 

星野源さんが「自分のことを人見知りだと紹介する人」で語っていた事です。

ラジオ番組のゲストに出たとき「人見知りなんです」と自分のことを説明していることにふと恥ずかしさを覚えた。

それがさも病気かのように、どうしようもないことのように語っている自分に少し苛立ちを覚えた。

それまで、相手に好かれたい、嫌われたくないという想いが強すぎて、コミュニケーションをとることを放棄していた。コミュニケーションに失敗し、そこで人間関係を学び、成長する努力を怠っていた。それを相手に「人見知りで」とさも被害者のようにいうのは、「自分はコミュニケーションをとる努力をしない人間なので、そちらで気を使ってください」と恐ろしく恥ずかしい宣言していることと同じだと思った。

数年前から人見知りだと思うことをやめた。好きな人には好きだと伝えるようにした、ウザがられても、嫌われても、その人のことが好きなら、そう思うことをやめないようにした。それで思い出した。「お前ウザいよ」と言われた幼いあの日から、嫌われないように、自分の性格を歪め、そもそも人間が好きではないと思おうとしていたが、俺は人が、人と接することが大好きだったのだ。

 

俺も初対面の人と話す時に

「人見知りなんですよね~」なんてついつい言っていたけど、それを聞いた人は一体どんな気持ちになるんだろうか。

 

自分が人見知りだという事を盾に予防線を張ったり、免罪符にするのは

「自分がうまいことコミュニケーションをとれないのは仕方がありません」

「そちらで気を使ってください」

と言うのと同義ということに気付かされます。

 

 

いつまでも仏頂面で話しかけてくれるのを待つのか

自分からコミュニケーションをとろうと努力するのか。

 

緊張してても目を見て笑顔で挨拶するだけでも全然印象って違う。

人見知りでも、大人なんだから努力しないと!って思う。

「人見知りだから仕方ない」ではなく、「人見知りだけどどうすればいいか」って考えろって話だ!